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2015-10-25 | IT・Web

老害はさらねばならぬ

イノベーションと生活様式と思想や行動変化の相関性は様々な要因があるのだとは思いますが、ここであえて述べる必要がないほど方々で研究されていますので、今更感はありますが考えの整理も含めてつらつらと書いてみます。「老害はさらねばならぬ」なんて軽くセンセーショナルなタイトルを付けてしまいましたが、自戒の念を含んだ文章だと思ってください。

今朝、僕の前にやや大きめのタブレットで日経新聞を読んでいる中年男性がいてぼんやりと眺めていると、ふと普段疑問に思っていることの整理ができた感じがしました。

新聞という媒体は一次情報を扱っていて情報ソースの発信者としてこれに代わるメディアはまだまだ出てこないな。と思いつつも何故に彼らがこれほどまでに部数を減らしWebメディアの方へシフトしてこれなかったのだろうかと疑問に思っていました。情報というのはあくまで情報なわけであって、その発信媒体、素材は制限されていないのに、なぜに新聞紙いうフォーマットにこだわるのか。ITの波が押し寄せた現在に至っても新聞紙というフォーマットをただ電子化して閲覧させることにこだわっているように思えて仕方がない。タブレットなどやや大きめの画面がでてきたとはいえ、まるで新聞紙をただ電子化しただけのフォーマットをユーザーに押し付けて誰得なんだと思っています。

しかしながら、今朝ふいに感じたことがあります。

あ、この新聞紙面のレイアウトや文字数、広告配置などこの新聞紙フォーマットに命を懸けてきた男達がいて、この洗練されたフォーマットを最強の情報配信媒体だと自負する人がそこにいるということだなと。紙というマテリアルにこだわっているわけでも電子化したくないということでもなく、新聞のあのレイアウトにこだわる人達の意思みたいなものを感じてしまったのです。

そう考えると、僕自身も同じようなことに拘りを持っている部分があるのではないかと。「紙」→「Web」→「アプリ」という世の中の大きくざっくりとした流れがあるとしたら、僕は明らかに「Web」で止まっている老害なのです。

「紙」はまあ今更語る必要はないとして「Web」と「アプリ」にはオープンなのかクローズなのかということ以外にも大きな違いがあってそれを語り出すとかなり長くなってしまうのでここでは多くは語りませんが、とにもかくにも「アプリ」への意識的な移行が済んでいない僕は不便を承知で「Web」を使っていることが多々あるということです。

たとえば、ZOZOに「wear」 というサービスがありますけれど、僕はこれを閲覧する時も「Web」を使っています。「アプリ」を使って欲しいんだなというサービス側の作りの意図を感じるわけですが、僕は「アプリ」を入れたくはない。その理由はスマホの電池が不用意に無くなるようなものは使いたくない。だとか、「アプリ」が持って行ってしまう情報が多すぎて気持ちわるいだとか。色々あるとは思うけど、「アプリ」そのものが好きじゃないというよりは、たぶん「Web」フォーマットが好きなのだろうなと思うに至りました。

twitterなんかは「アプリ」が使いやすくて使ってまして「Web」では見ませんので「アプリ」が全部好きじゃないってことではないと思うけど、基本的に「Web」フォーマットで飯を食べてきた僕の思想が「アプリ」を遠ざけている原因なのだろうなと推察する次第であります。

また、「アプリ」は「Web」とは違いプロダクト的な思想がそこに入っていて、モノ作りりの方面から見ると根本的な違いがあると思ってますし、手元で操作することと閉ざされた中にあることが「Web」の初期思想とは違うのではないかと思ったりもするわけです。まあ、そういったことの全てが「アプリ」を使う障壁になっているかはわからないですが、使う側、作る側の両方の面から鑑みても僕は「アプリ」ではなく「Web」で止まっているということなのだと思います。

話を最初に戻しますと、新聞はあのフォーマットに拘っていて何だかユーザーの方に目が向いていないのではないかと思っていましたが、それは自分も同じだなと感じるのです。イノベーションを察知していてそれを受け入れつつもそれに乗れないというのは老害そのものだなと思います。

電車の車内で新聞紙広げて読んでいるおっさんがとなりの席にくるとイラつく僕ですが、「アプリ」があるのに「Web」で見るのかよおっさん。というふうに次の世代に思われていても、しらんがな若者と言い返せる知識と言葉の量だけは持っておきたい。

あわせて、仕事をする上ではできるだけそういうこだわりは排除できたら幸せだなと考えていて、「Web」で止まっている僕がこの業界にいつまで居られるのかは甚だ疑問にも思いますので、自己改革していかないとダメだなと改めて思います。

ツールってやっぱり大事ですよね。ツールが違うってことはフォーマットが違うってことですからね。

2015-09-28 | その他

Hello world! 2

Hello world! 2
2013年夏以来、2年ぶりにWebサイトのデザインを変えました。

前回はレスポンシブデザインとは何ぞやという所も含めて再勉強がてらという意味合いもありましたが、Webサイトのトレンド変化も著しく2年経過してレスポンシブデザインは定着し、SEO的観点でもモバイルサイトの重要性が増すという事態にまで世の中は変わりました。

今回のデザインも前回同様に外部から調達しましたので、デザイン変更と一部ソース変更を2、3日で完了できました。モバイルで見た時の見栄えや指でタッチをする場合のユーザビリティを考えてアイキャッチが沢山使えるサイトデザインを選択しました。

2015年秋、現在はPCを立ち上げることが減り、MicrosoftはOSを無料でアップグレード提供するという施策を打つまでに苦戦しています。まさに人々の行動はスマホと共にあると言っても過言ではありません。とはいえ、モバイル端末の通信状況が飛躍的に良くなったかというと、パブリックな空間では通信会社の通信料は相変わらず高く、格安スマホやSIMフリー化の流れが出てきて、これからも通信会社各社がしのぎを削る時代もまだまだ続くのだと思います。一方、Wifi環境なんかは一般の家庭にも普及していて自宅では通信量を減らすためにWifiルーターに接続しているなんていう人が増えているように思います。

また、スマホのネイティブアプリによるゲームも盛り上がっていますね。消えては現れる新たなゲーム市場ですが、いつも持ち歩くスマホでゲームを楽しむ人がこれからも増えていくのは想像に難くありません。

仕事上でも随分と自動化が進んでいてインフラエンジニアとして仕事をしているものの、一番楽しいのは自動化の施策を考えてコードを書くという所に変化しています。1000台を超える規模のサーバー群を効率良くベストなツールを選択し、コードを書き構築を自動化していくことで、サービスの立ち上げスピードがとても早くなりました。また、運用上も自動化とコード化で設定の変更や修正が一気に素早く適用できるようになったのも、時代の流れだと思います。

コンピューターを使いこなすことが目的の時代はとっくに終わっていて、如何に人手を介さずにコンピューターを効率良く使うかという新たな時代へと突入しています。面白くワクワクする世界がやってきました。

日々、自己研鑽しながらこの時代の中で価値創造し続けられる人間に成ることができれば嬉しく思います。

2015-08-16 | 音楽・DTM・楽器

サマーソニック2015に行きました(感想/レビュー)

サマーソニック2015、2015年8月15日(土)に観に行きました。サマソニは数年ぶりで最近は音楽フェス自体参加することがなかったのですが、今回のサマソニ2015はどうしてもBABYMETALが観たくて参加したみたいなものです。簡単にですがじっくりと観ることができた4組の感想やレビューを書きたいと思います。

summer sonic2015 サマーソニック2015に行きました(感想/レビュー)

ジリジリと日焼けしそうな蒸し暑い夏の一日が始まりました。幕張海浜公園にはめったに来ないのですが、駅を降りた瞬間からサマソニの熱を感じることができます。15:00頃に到着して幕張メッセまでの道のりをワクワクしながら歩きます。会場に入るとほんのりと冷房が入ってました。案外涼しくて体力を奪われる心配はなさそうです。

summer sonic2015 2 サマーソニック2015に行きました(感想/レビュー)

■BABYMETAL

BABYMETALのことはいつか詳細に書くことができたらいいなと思っているのですが、日本文化やポップカルチャーと密接に関連したBABYMETALを多く語れるほどの知識と言葉を持ち合わせていなくて、なかなか書けそうにありません。そして、BABYMETALは日本のポップカルチャーと音楽が本当の意味で世界に認められた初めてのアーティストなのではなかと個人的には思っています。

BABYMETALは神バンド目当てというかバックバンドの音とBABYMETALというプロジェクトが好きです。日本の文化や伝統をMETALという枯れ切った音楽の上で表現する新しいアーティストといえます。このBABYMETALは海外で人気の火がつき逆輸入型で日本で人気になっていきました。日本特有のアイドル文化とMETALが融合したことで、アイドル好きやロック好きに支持されていきました。死に絶えそうなぐらいに落ち込んでいたMETALというジャンルに世界中がもういちど希望を持ったということだけでなく、イノベーションを起こし既成概念を破壊してくれました。

僕はBABYMETALの大神様こと「大村孝佳」氏のギタープレイに魅了された一人です。当日はモッシュの嵐に巻き込まれないように後ろの方で観ていたのですが、もっと前で観るべきだと後悔しました。実際に観るBABYMETALは音だけでなく主役の3人の踊りの素晴らしさにステージに釘付けになってしまいました。BABYMETALの音が好きだったのですが、踊りの方も好きになってしまいました。踊りのことは素人でまったく経験もなければ理解もしていませんが、遠目からでも素晴らしい踊りであることが感じ取れます。音像という言葉があるように踊りにも像があるのではないか感じるようなとても素晴らしい踊りでした。そして、BABYMETALというプロジェクトに参加している全員がステージで光を放っていたことは間違いありません。

以下、ネットから拾ってきたセットリストです。

【BABYMETAL SUMMER SONIC 2015 8.15 幕張SET LIST】

01.BABYMETAL DEATH
02.メギツネ
03.ド・キ・ド・キ☆モーニング
04.あわだまフィーバー
(神バンドソロ)
05.Catch me if you can 
06.ウ・キ・ウ・キ★ミッドナイト
07.Road of Resistance
08.ギミチョコ
09.イジメ、ダメ、ゼッタイ

<神バンドメンバ>
Gt:藤岡幹大
Gt:大村孝佳
B :BOH
Dr:青山英樹

■ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン

ジョンスペンサーは全盛期の『Orange』『Now I Got Worry』『Acme』が発表される1995年~1997年頃、まるでピカソの絵画を見るかのような音楽性を持っていたと思っているのですが、生で観るジョンスペンサーはちょっとがっかりでした。バンドのグルーブ感は出てないし、ギターはそれほど上手くは感じませんでした。。ミッシェルガンエレファントと対バンしていた頃があったようにガレージバンドっぽいエッジの効いたロックンロールを聴かせて欲しかったのに残念でした。ただ、5曲目を過ぎたぐらいから調子を上げてきて、いつものブルージーでロックンロールな音を聴かせてくれました。

■RADWIMPS

名前は知っている程度でしたが、幕張メッセのマウンテンステージ会場を一杯に埋め尽くす人、ひょっとしたら一番人が入っていたかもしれません。ただ、自分は年齢を少し重ねました。批判ではなくRADWIMPSの良さが本当にわからない。一生懸命観ましたが解りませんでした。少し前に人は35歳を過ぎると新しい音楽を受付けなくなるといった趣旨の記事が話題に挙がりましたが、どうなんでしょう。若者が熱狂している音楽に耳を傾けていっしょに感じ取りたかったというのが本音です。

■マリリン・マンソン

怖い。そして、圧倒的な存在感で出てきた瞬間に幕張のマウンテンステージ会場全体を異様な空気に変えてしまいました。黒い衣装に血塗られたメイクでマイクを振り回すパフォーマンスは圧巻ですが、聖書を燃やしたりステージ上で竹馬のようなものに乗ってみたりと、とにかくぶっ飛んでいます。『Mechanical Animals』以来、マリリン・マンソンをチェックしていなかったのですが、容姿は年相応になってより凄みを増したように感じます。

音楽のクオリティはとても高くバックバンドの演奏も曲もハードロックの完成度が高くて映画マトリックスで使われた懐かしい曲なども演じてくれました。マリリン・マンソンは不気味で怖いですが、彼はそれを演じているのだと思えてなりません、緻密に計算された音楽とSHOWはまともな人間じゃないと演じることはできませんし、これほど長い間、人々を魅了することができるアーティストというのは真面目な部分が多くあるのだろうと予想するからです。これからのマリリン・マンソンも楽しみに期待しようと思います。

以下、ネットから拾ってきたセットリストです。

【Marilyn Manson SUMMER SONIC 2015 8.15 幕張SET LIST】

01.Deep Six
02.Disposable Teens
03.mOBSCENE
04.No Reflection
05.Third Day of a Seven Day Binge
06.Sweet Dreams (Are Made of This)
07.Angel With the Scabbed Wings
08.Personal Jesus
09.The Dope Show
10.Rock Is Dead
11.Antichrist Superstar
12.The Beautiful People

summer sonic2015 3 サマーソニック2015に行きました(感想/レビュー)

■最後に

フェスに久々に行くとジェネレーションギャップを感じると共に自分も若返ったような錯覚に陥りました。自分が20歳ぐらいでフェスに参加してたときぐらいに生まれてきた若者と脈々と続く日本のフェス文化を共有できて感無量です。

これまでサマソニはマリンステージしか行ったことなかったのですが、幕張メッセの中でずっと観ているとトイレや飲料水の確保に困ることはまず無いですね。楽しむことだけを考えていれば良いのがとても過ごしやすかったです。会を重ねるごとに主催者サイドのスキルもフェスに参加する人々のモラルも上がりフェス文化が脈々と続くことを願います。

2015-01-03 | IT・Web

チームラボ展が素晴らしかった(感想/レビュー)

チームラボ展が素晴らしかった。感想と共にチームラボという会社、クリエーター達が生み出す世界観というものについて考えてみたいと思います。

team lab チームラボ展が素晴らしかった(感想/レビュー)

IT業界にいるとビジネスとしてどのような課題を解決してイノベーションを起こしているのかを考えたり、どういったテクノロジーが使われているか、テクノロジーの活用についての価値を考えることが多くあります。

そんな中でビジネスとテクノロジーに切り離せないものというのがあります。それはプロダクトデザインです。旧来のプロダクトデザインというと製品機能の開発とそれを操作するデザインとである程度の線引きがあり、製品機能を主として作る人とデザインを主として作る人は別々に物を作り上げてきたと思います。しかし、ITにおけるプロダクトデザインの構築プロセスというのは製品機能とデザインというものが一体となって創出されるUI/UXに価値が置かれるようになってきました。つまり、製品開発とデザインは一連托生だということなのです。

こういった考え方は芸術の世界では一足早く広まっていたと記憶しています。特に音楽業界では音楽とヴィジュアルはとても密接な関係にあり、相互の関係性は作品の良し悪しと深みにコミットメントしています。20年近く前にテクノバンドであるアンダーワールドがTOMATOというクリエーター集団を結成して活動していたことなどが例として挙げられると思います。

ただ、製品開発とデザインが一連托生だということが事実だとしても、デザインを正しく理解しビジネスに結び付けられる人材がどれほどいるのかという問題が生じています。プロダクトを生み出す為のマネジメント層がデザインを理解していないケースがあり、もう一方でデザインを構築するデザイナ層がビジネスというものを理解していないケースがあります。つまり、どっちをとっても上手く行かないということが現実問題としてあります。それを解決する方法としては互いが互いのことを知るということ、そしてそういった人材を育てるということ。近年ではどちらかというとマネジメント層からデザインに関わることができるグロース・ハッカーなる職種が生まれてきていて、彼らはデザインへのコミットメントも求められています。

そのようなトレンド傾向にある現在ですが、IT技術とアートワークを中心に新しい価値創造を生み出している会社の一つがチームラボという会社であり、クリエーター集団なのです。

チームラボとは自身で以下のような説明をしています。

チームラボは、プログラマ・エンジニア(UIエンジニア、DBエンジニア、ネットワークエンジニア、ハードウェアエンジニア、コンピュータビジョンエンジニア、ソフトウェアアーキテクト)、数学者、建築家、CGアニメーター、Webデザイナー、グラフィックデザイナー、絵師、編集者など、スペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート・サイエンス・テクノロジーの境界線を曖昧にしながら活動中。

エンジニアリングとアートの融合が彼らの主となるコンセプトなのです。

僕は以前にチームラボのサービスを検討することになり、水道橋にあるチームラボのオフィスに伺ったことがあります。その時のチームラボでの出来事と印象をご紹介しつつチームラボ展のことに触れてみたいと思います。

チームラボに「FaceTouch」とう商品があり、それを導入するか否かということでチームラボに向かい商談をすることになりました。「FaceTouch」という商品は受付に大きなタッチパネル液晶を配置してそこに社員の顔写真と名前が映し出されていて、タッチ操作で目的の人を探し当てて呼び出すというシステムです。言葉にするとそれだけのことかという感じですが実際にチームラボに行った際、受付がこのシステムで動いていましたが触って探してみたくなるインターフェースでした。

また、受付に顔写真と名前が映し出されるということから、セキュリティ的な意味合いでどうかなとも思いましたが、実際このシステムを使ってみるとそういった感覚はふっとび、新鮮な感覚を受けると共に操作することが楽しいと感じるエッセンスがあります。つまりは、その楽しいということが重要であり、それをエンジニアリングとアートという観点で追求することがチームラボの仕事なのです。

チームラボに到着して受付から共同ミーティングルームみたいな広い場所に案内されました。そして30分あまり待っていても担当者はいっこうに現れません。放置されている人が他にも何組が見受けられます。さらに15分ほど経過したころでしょうか。悪びれる様子もなく担当者が現れました。この時点で僕は若干いらだたしく感じていましたが、現れた担当者がとても軽いノリでまるでラッパーの人と会話しているような感覚を受けるような軽さです。こちらは来客者ですしかなりの時間を待たされているにも関わらず、無礼とも思える感覚を受けたのは言うまでもありません。商談中に机を蹴り飛ばして途中退席したくなったのは社会人人生で初めての経験だったと思います。

この商談でのチームラボの担当者の言い分はこうです。

・この商品に興味があるなんてあなた達は変わってますね
・実はこの商品の開発は継続的にしていない
・新しい価値というものに興味を持った人に買って欲しいので無理に売る気はない
・これまで製品に費やした開発費の回収はしたいから価格交渉はあまりできない

こんな商談は初めてかもしれません。つまりはこういうことです。あなた達が私達の商品に目を留めてくれたのはありがたいけど、その価値を理解してくれるなら、これだけの金額を払いますよね。それが嫌なら別に買ってくれなくてもいいのでお引取りください。だけど、この商品は他のどこの会社も作っていない価値創造が生まれ、それを操作する人間もこういった商品は初めて触ることになりますからイノベーションということに関しては優位ですよね。受付に電話があって担当者を呼び出す旧来のシステムをまだ踏襲するつもりですか。ということなのです。

超絶面白いじゃないですか。自分達がクリエイトした商品の価値について信念を持っていて、別に安売りしてまで買って欲しいとは思わないし、媚も売らないよということです。僕はもう頭にきていたので、商品の説明は右から左へと流れていって頭に入らず金額交渉できないなら導入する必要なしということにするつもりでした。ところが、同行していた上司がこの状態を打開します。チームラボの強気姿勢を無視し続け、上司がそこをなんとかタダでお願いしますという本気モードのお願いを押し通しました。すると、チームラボの担当者がそんなこというお客さんは初めてだということで、逆に話がトントン拍子に進んで行きました。チームラボという感性と上司の感性がある意味で一致していく瞬間でした。つまりは既成概念にはとらわれず、面白いと思ったものを追い求めている両者の利害が一致したということなのです。

上司もチームラボの担当者にはかなりキレそうな様子であったことは間違いないのですが、常識を超える交渉力を土壇場で発揮して、その要求を面白がって乗ってくるチームラボの担当者がまた凄いという事実が目の前で繰り広げられています。僕はこの両者のやり取りを隣で見ていて自分が恥ずかしくなりました。何か常識的なものに大きくとらわれ過ぎていたし、柔軟性と根気強さを欠いていたと思いました。

その後、「FaceTouch」を導入した後は来客者が興味を持って頂いた声というものを多く聞くことができました。

この話とは少し重なり別のことになりますが、同じ時期に商業施設であるパルコに大型タッチパネルディスプレイ型の施設案内版が導入されていました。池袋のパルコを歩いていると若者がこれ楽しいといって大型タッチパネルディスプレイに投影される施設案内を操作していました。直感的にこれはチームラボの仕事だと思ったところやはりそうでした。少しづつですが、チームラボが扱う商品が新しい価値として世の中の人に認知されるのだと感じた瞬間でもありました。

僕にはそのような複線があったうえで、今回、日本科学未来館で大々的にチームラボが開催している『チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地』に行きました。クチコミやメディアなどでも取り上げられいたので、会場にはとても沢山の方々が来館していました。デジタルが作るアートの美しさを五感を通じて体験できる展示となっていて、チームラボの掲げる未来像が大人も子供も楽しめる内容となっています。

なかでも凄いと思ったのは、会場に予め用意された建物や飛行機などのぬり絵の台紙にクレヨンで色を塗り、その場でスキャナしてもらうと会場内の大きなディスプレー上に自分のぬり絵が出現して動くというものです。今まで手元で触れていたぬり絵が画面の中で抽象化された形で出現することがとてもワクワクして楽しいという体験をしました。テクノロジーとアートが新しい体験を提案した一つの形だと思います。

このように、チームラボが生み出す新しい価値というのは人々が予め欲しているものではなく、体験によって面白いと感じて新たに欲しいと思える価値を提供することなのかもしれません。イノベーションを起こすことは容易ではありませんが、チームラボは遊び心と好奇心一杯で世の中に何か面白いものを提案してくれるでしょう。

エンジニアリングとアートの価値が高まって、モノを作る人が主体的に慣れる創造空間を実現しているチームラボの力に今後も注目したいと思います。

 チームラボ展が素晴らしかった(感想/レビュー) チームラボ展が素晴らしかった(感想/レビュー)

チームラボって、何者? [DVD付] チームラボ展が素晴らしかった(感想/レビュー)

映画「ゴーン・ガール」を観ました(感想/レビュー)

映画「ゴーン・ガール」を観ました。
とても感慨深い作品だったので、感想でも書いてみたいと思います。

gone girl 映画「ゴーン・ガール」を観ました(感想/レビュー)

「ゴーン・ガール」この映画を知ったのは、トレント・レズナーによる告知でした。近年のデヴィッド・フィンチャー監督作品である「ソーシャル・ネットワーク」、「ドラゴン・タトゥーの女」に続き「ゴーン・ガール」のサウンドトラックを手がけています。

トレント・レズナーはいわずと知れた「Nine Inch Nails」のボーカルでありコンポーザーです。バンドとしてはインダストリアルな楽曲を中心に提供していますが、個人ではこれまでノイズやアンビエントな楽曲を提供しています。

僕のこの映画への楽しみの比重は作品の内容というより、劇中を流れるサウンドの方に興味を持っているようなものです。また、デヴィッド・フィンチャー監督の作品はどれも素晴らしいものですが、暴力や性の描写に目を覆いたくなる場面が多くあり、個人的にはどこか身構えてしまう作品であることは否めません。

「ゴーン・ガール」は事前の知識をほとんど入れずに、何やら夫婦間の問題を中心に描かれているようだといったぐらいの感じでふらっと映画館まで観に行きました。

この映画は原作が欧米でベストセラーになった小説を映画化しているようですね。とても緻密な構成で観ている者がどんどん物語の謎に引き込まれて行き、真実を知りたくなる作品でした。真実が少しづつ解き明かされていくにつれ、夫、妻、元恋人またはその他登場人物の誰かの立場と自分の心や経験を照らし合わせてしまう作品だと思います。

主人公は妻であるエイミーです。エイミーは美しくとても頭が良い才女で、自尊心の塊のような人。夫であるニックは少年のような真っ直ぐさを持ち合わせつも少しだらしない部分がある人。それぞれがそれぞれを必要としていて、それぞれがそれぞれのプライドを持ち、補完しあっている夫婦像で描かれています。ただ、その補完しあっているはずの夫婦が年月と共に少しづつ変わってしまいました。日々の生活の中でロマンスは消えて価値観の相違と環境の変化がお互いを遠ざける方向に向かわせてしまいます。

妻であるエイミーは長い年月を掛けて夫であるニックを陥れる計画を立てついに実行に移します。ニックは徐々に追い詰められ犯人だと疑いの目を向けられるようになります。ニックは疑いを晴らすべくエイミーが仕掛けた巧妙な仕掛けを解き明かしていく物語です。

僕が「ゴーン・ガール」を観て思ったのはマクロ的な視点とミクロ的な視点の二つでした。

■ゴーン・ガールにおけるマクロ的な視点

近代化という側面からこの映画を観てみると、西洋における近代化のプロセスと個人化への歩みによる現象の一つではないかと考えました。西洋における近代化のプロセスとは「経済的近代化」、「政治的近代化」、「社会的近代化」、「文化的近代化」という歩みです。その中でも「社会的近代化」というプロセスの中で社会といったものが形成され個人化という歩みに先行して向かっていました。そういった流れの中でフェミニズムなど女性解放運動も行われ成熟した近代社会の像というものを創りあげたと考えられます。その中で女性の高学歴化、社会進出が進み、結婚も個人化してゆきました。成熟した近代社会における男女間のパワーバランスは対等になっていったのです。そのような社会における結婚という制度と男女の関係性における問題というものがこの映画では描かれているように思います。

日本においても近代化は少しづつ進んでいて、家、家族という概念がまだまだ根強いですが個人化が急速に進んでいます。女性の高学歴化や収入が高くなるにつれて、これまでの日本社会で根強くあったハイパーガミー(女子上昇婚)という考え方がそこに大きな壁を作ってしまいます。女性はこれまでのように結婚をすることで必ずしも生活基盤が上昇するということはなく、むしろ女性の方が男性を養うような構図が普通になるかもしれません。そういう社会における男女間の意識の違い、考え方の違いは結婚観や生活観に大きなインパクトを与えるでしょう。

■ゴーン・ガールにおけるミクロ的な視点

妻エイミー、夫ニック、元恋人、その他登場人物の生活レベルというのは社会構造そのものを描いています。そこには都市生活と田舎暮らしという視点も含まれ映画を観る人はその時々で自分の中でそれぞれの登場人物との接点を感じると思います。この映画は本質的にエイミーが悪女のようには描かれていません。女性の側から見た主義主張。男性側から見た主義主張。基本的に秘匿な状況下におかれる夫婦間のあらゆる状況と周囲との関係性における問題点。これらをベースにお互いが依存関係にあり、本質的には持ちつ持たれつの関係であるという結末になります。この点において、我々は何を思い知らされるのでしょうか。

個人による視点の違いを紐解いてゆけば、正しいことというのは人それぞれの見方、立場において正反対のものであるということ。複雑化した人間社会の縮図ともいえますし、個人間のトラブルというものの本質はこういった物の見方の違いが大きいのではないかと考えられます。つまりは、価値観の違いということが大きな問題であると同時に多様性というものは本当に難しい問題であるということです。ましてや結婚ともなるとそれは生活という日々のレベルにまで落ちてきます。価値観というものが人の幸せを決めるのであれば、価値観の違いというものは人と人との関係性の大部分を占めるということだと思います。

そういった内容の断片がこの「ゴーン・ガール」には沢山詰まっています。目を覆いたくなるような描写もありますが、物語の方向性と描き方はギャグに近いような結末を辿ります。

女性が観るとまた違った感想があるのではないかと思いますが、男性である僕は戦々恐々とした気分になったのは言うまでもありません。そして、トレント・レズナーのサウンドトラックはこの映画の内容を引き立てる演出効果の高い音楽でした。

NHK 新世代が解く!ニッポンのジレンマ元日SPを観覧しました(感想/レビュー)

NHK 新世代が解く!ニッポンのジレンマ元日SPを観覧しました。感想でも書いてみたいと思います。

jirenma 2015sp NHK 新世代が解く!ニッポンのジレンマ元日SPを観覧しました(感想/レビュー)

新世代が解く!ニッポンのジレンマ
ニッポンのジレンマ元日SP
ニッポンの大転換2015

放送日:2015年1月1日(木)午後11時~(150分)

M C:古市憲寿、青井実アナウンサー、中村慶子アナウンサー
ゲスト:稲垣あゆみ、猪子寿之、五野井郁夫、先崎彰容、ドミニク・チェン、仲 暁子、北条かや、堀口美奈、三浦瑠麗、村上裕一、安田洋祐

NHK 新世代が解く!ニッポンのジレンマは毎月最終週の土曜24時に放送している討論番組です。1970年以降生まれの様々な肩書きをもった論客を迎えテーマに沿って意見をいうコンセプトの番組で、司会は「絶望の国の幸福な若者たち」 NHK 新世代が解く!ニッポンのジレンマ元日SPを観覧しました(感想/レビュー)の著書として有名になった古市憲寿氏が務めています。

僕はこの番組が好きで毎月のように観ています。同年代の企業家や学者など様々な経歴の方のリアルな意見を聞くことができて、且つ考えを深めることができるからです。特に社会学的な視点とインターネットを介したコミュニケーション論に話が及ぶことが多いので自分の持っている知見や考えとの対比や議論を聞くことで新たな発見があるように思います。

そんな、ニッポンのジレンマは近年、元旦にスペシャル番組を放送しています。議論の側で観覧者であるオーディエンスを迎え入れて論客者以外のオーディエンスの意見を聞くなどの試みにもチャレンジしている番組です。今回も元旦スペシャルの観覧希望者を募集していたので、気軽な気持ちで応募してみたら2015年元旦スペシャルの観覧者に当選していました。収録日は2014年12月14日(日)で、収録時間は13:00~19:00の6時間という長丁場です。

当日、渋谷駅からセンター街を抜けて宇田川町を通り過ぎNHKまで向かいました。途中、コンビにで水や軽食を購入し胸が高鳴るのを押さえつつ、NHKに到着するとすでに沢山の観覧者がいました。今回、元旦スペシャルの観覧者は200名が参加するということで、到着した人から順番にNHK内に案内されました。NHKの中はとても広くどっちの方角に歩いているのかわからないような、迷路のような作りになっていて、なんだか余計に胸が高鳴りました。

スタジオに着くと荷物を置いて早々にセットの中に通されました。今回のコンセプトは観覧車であるオーディエンスが論客をぐるりと囲むようなセットに座り、議論の最中に自分のスマホを使って意見を投稿するというものです。セットのどこに座っても良いということでしたが、気恥ずかしい気持ちが湧いてしまい、あまりテレビに映りそうにない場所を選びました。

セットは硬いアクリル板でできているので、この上に6時間も座っているのはなかなか厳しいという印象でした。スタジオは上にも横にも大きく広がっていて、特異な空間であることは間違いないです。大きなカメラが沢山動いていて人々を照らす照明の熱も高揚感を促進します。前説のようなものがあり、オーディエンスもセットに座り、司会や論客の方々が入り準備が完了しました。

今回のテーマは「ニッポンの大転換2015」ということで、どういう大転換が起きるのかを近年議題にあがっていた世代や格差やコミュニケーション論を中心に二極化や分断というキーワードを交えながら論議していく流れになりました。僕自身も普段は思うことがあってもスタジオという現場に居合わせると話を聞くことで精一杯で何か発言したり、意見を投稿したりといった行動はできませんでした。ああいうテレビスタジオなど特異な空間の中で議論や話をするというのは訓練しないと難しそうだと感じました。論客のパネラーの方は芸能人ではないですが、企業家や学者ということもあり、場馴れしているという点では凄さを感じました。

ただ、6時間という長丁場の割には様々な問題や議題について深い話の一歩手前の上澄み部分しか語られていなかったように感じます。けん制しあっているのか、発言に対する責任を危惧しているのか解りませんが、全体的に守りに入っている安全パイな意見が大半を占めていたように思います。ちょっとした発言でSNSが炎上したり、バッシングを受けてしまう世の中になっているから仕方ない部分もありますが、それぞれの専門化である論客の方々には頑張って欲しかったというのが本音です。

jirenma 2015sp2 NHK 新世代が解く!ニッポンのジレンマ元日SPを観覧しました(感想/レビュー)

2015年元日の夜、お時間がありましたら是非ご覧ください。

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