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『DAVID BOWIE is』デヴィッド・ボウイ大回顧展に行きました(感想/レビュー)

『DAVID BOWIE is』デヴィッド・ボウイ大回顧展に行きました。

2017年1月9日の12:00~14:00に入場できるチケットを購入していたので、あいにくの雨でしたが、浜松町から天王洲アイルまでモノレールに乗って会場である寺田倉庫G1ビル向かいました。会場には丁度、12:00過ぎに着いたのですがすでに長蛇の列になっていて、時間制限付きのチケットなのにすんなりと会場には入れてくれそうにない雰囲気です。

david bowie is2017 『DAVID BOWIE is』デヴィッド・ボウイ大回顧展に行きました(感想/レビュー)

2013年に英国の芸術とデザインの殿堂、 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で開催されて以来、世界9都市を巡回。 約150万人を動員した 『DAVID BOWIE is』 が、アジア唯一の開催地となる日本に上陸する。 この壮大なスケールの回顧展には、 デヴィッド・ボウイのキャリアを網羅する300点以上の貴重なアイテムが集められ、誰でもなりたい人間になれるのだと教えてくれた不世出のアイコンが、人々をインスパイアし続ける理由を解明。 マスコミの絶賛を浴び、 ファンを熱狂させ、 各地で大ヒットを博した最高のロックンロール・ショウがもうすぐ始まる!

寺田倉庫の外で30分ぐらい列に並び、寺田倉庫内のエレベータを上がった会場入り口前で10分程待ちましたので計40分ぐらいは待ったかと思います。会場に入る前にヘッドフォンと機器が全員に配布される展覧会で、展示物の近くいくと展示物にあったナレーションと音楽が流れるという展覧会です。

以前の記事”映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ました”にも書いているのですが、2016年1月10日に亡くなったデビッド・ボウイは、僕にとって未来の道しるべでした。デビッドボウイは常にカウンターカルチャーであり、カウンターパートであり、サブカルチャーなんだけど、大衆に受け入れられた稀有な人なのです。

この展覧会は2013年にロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で開催された、デヴィッド・ボウイのキャリアと偉業を紹介する展覧会で、2017年1月8日から4月9日まで日本で開催されることになりました。

david bowie is2017 2 『DAVID BOWIE is』デヴィッド・ボウイ大回顧展に行きました(感想/レビュー)

映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』で事前情報が入っていたせいか、会場に入ってからもどこか新鮮味がないというか、既視感があるものばかりだなという印象と、展示会が開催されて2日目ということもあり人込みが凄くてゆっくりと観られない状況でした。ただ、デビッド・ボウイが作詞作曲時に書いたメモ書きなどを見ていると、もうなくなってしまったデビッド・ボウイの陰影をしっかりと感じることができます。Starmanの直筆ノートを観られたことは良かったです。

あと、特筆するべきことといえば、やはりデビッド・ボウイが着ていた衣装の展示なのではないでしょうか。各時代のコンセプトごとに区分されたブースにはボウイが演じていたキャラクターの衣装がならんでいます。衣装を実際に見てみると仕立てや装飾などが時代を反映していますし、何よりもデビッド・ボウイの体のラインを想像させてくれます。身長は公式にもそれほど高くないと思うのですが、衣装を見ていても我々が思い描く英国人のそれとは違い、体つきや線が細い人だったんだなあと思いをはせることができました。2004年3月8日に「A REALITY TOUR」で初めて生ボウイを観た僕ですが、その時のツアー衣装も展示してあったので、とても嬉しかったです。

展示の後半、『戦場のメリークリスマス』で共演していた坂本龍一さんととビートたけしさんがデビッド・ボウイという存在について語っている映像が流れていました。僕はこの展覧会の中で特に感銘した展示物の一つだったなあと思っています。今や世界的な活躍をしているこの二人がデビッド・ボウイについてどういった印象を持っていて、どんな言葉で表現されるのか興味深かったです。特に坂本龍一さんが発言していたデビッド・ボウイの存在というものについては感銘を受けるものでした。あの展示物はいつかコンテンツとしてネットのどこかで見ることができれば良いなと期待しています。

展示会場の最後の方には9.11の慈善コンサートで演じたHeroesなどの映像が部屋中に流れていて、その場で座ったまま映像をずっと見ているファンの皆さんが印象的でした。ボウイファンの先輩方はもっと長い時間ボウイと共に時代を歩んでいるわけなので、この回顧展はさまざまな時代のボウイの思い出を思い起こしてくれるものだろうし、比較的新しくファンになった人達にはボウイの歴史を実際に見られる貴重な展覧会だったのではないかと思います。

david bowie is2017 3 『DAVID BOWIE is』デヴィッド・ボウイ大回顧展に行きました(感想/レビュー)

個人的には映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』が完結にこの展示会の内容とデビッド・ボウイの軌跡をまとめていて好みだと思いますし、デビッド・ボウイを知らない人にデビッド・ボウイの偉業を説明するにはあの映画が最適なコンテンツだなあと考えながら、この展示会を後にしました。

もし、興味のある方は映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』も再公開しているようですので、ご覧になってはいかがでしょうか。

そういえば、デヴィッド・ボウイ大回顧展ではグッズを買いすぎて反省しています。映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』でも紹介されている、デビッド・ボウイとその関係するアーティストとを元素記号表のようなデザインに落とし込んだポスターが売っていたり、立派な図録も売っていたりと物欲を刺激してくれます。

 『DAVID BOWIE is』デヴィッド・ボウイ大回顧展に行きました(感想/レビュー) 『DAVID BOWIE is』デヴィッド・ボウイ大回顧展に行きました(感想/レビュー)

LEGACY – DELUXE EDIT. 『DAVID BOWIE is』デヴィッド・ボウイ大回顧展に行きました(感想/レビュー)

2016-05-29 | 音楽・DTM・楽器

氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー)

氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました。感想を書いてみようと思います。

kyosuke himuro lastgigs 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー)

これまでも氷室京介のライブや音源について書いてきた経緯もありますが、改めて氷室京介がライブ活動を休止するという意味の大きさに戸惑いながらもステージに立つ最後の姿を見なければならないという思いが強くありました。

氷室京介は楽曲、レコーディング、ステージパフォーマンスの全てにおいて緻密な計算をしたロックを作るミュージシャンなのですが、その彼が特定のトーンが聞こえない場合があるという耳の不調を訴えてこの「LAST GIGS」を最後としてステージには立たないという決断をしたのです。

当初は23日のチケットを取得することができず22日のみチケットを取得していましたが、(2016年5月22日のライブ記事はこちらです)後日ステージバックサイド・リアルビューイング席というステージ裏の追加席として設けられた座席のチケットが発売され23日のチケットも取得することができました。

kyosuke himuro lastgigs 20160523 2 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー)

■ステージバックサイド・リアルライブビューイング席について■
※ステージの裏側に設置された指定席です
※特設LEDビジョンにより公演の模様をご覧いただく、リアルライブビューイング席となります
※ステージが見えないことをご了承のうえ、お買い求めください

ということですので、実際のステージは見えなくても会場の様子や雰囲気だけでも感じられたらそれで良いかなと思っていました。

kyosuke himuro lastgigs 20160523 3 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー)

「LAST GIGS」の東京ドーム3Days公演の最終日2016年5月23日(月)は飯田橋駅から裏道を通って東京ドームへ歩きました。昨日の公演に向かう時も歩いた道のりですが、今日は本当の最後の日ということもあり、朝から緊張感が抜けません。高鳴る気持ちというよりも、なんとしても見届けたいという気持ちと快く元気に送り出したいという気持ちがあったと思います。今日のチケットもチケットボードという電子チケットの仕組みで購入していたのですが、昨日とは違ってスムーズに会場に入ることができました。20分前には会場に入り座席に行ってみると、バックステージの暗幕は取り払われていて僕の席からはステージも微かに観ることができます。これはまさかの良席なのではないかと胸を躍らせることになります。

kyosuke himuro lastgigs 20160523 4 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー)

開演直前から東京ドーム全体のボルテージは最高潮に上がり待ちきれない観客は手拍子で氷室京介を引きずり出そうとします。僕は昨日に続き事前に買っていた「LAST GIGS」のマフラータオルを首に巻きつけて、いざライブの始まりです。

1曲目、熱狂と大合唱の「DREAMIN’」から始まりBOOWY時代の楽曲を中心に続きます。

前日22日の感想に続きこの日の氷室京介も顔がとても疲れているようにも見えました。観客との掛け合いを楽しみながら時折見せる笑顔が今日の観客のボルテージが氷室京介のテンションを引き上げていったように感じます。ライブのMCでは4月13日に発売されたオールキャリアベストアルバム「L’EPILOGUE」がチャート1位になって最後にもう一度担ぎ上げて感謝しているという内容の言葉がありました。LAでB’zの松本、GLAYのTAKUROと焼肉に行った話などがされて、冗談を交えながらも今後はアルバムでも気長に作ってみようかと思っているとのことでした。

あとは日本テレビのNEWS ZEROのプロデューサーが熱心に口説いてくれて「IF YOU WANT」を書き上げたという話の中で、「福山くんとか素晴らしいアーティストと肩を並べて俺なんかで良かったのか、きっとこんな俺なんで会社の中で反対意見もあったと思うのに感謝している」という内容の話もありました。氷室京介の口から福山雅治の名前が出てきたことがなんだか驚きました。

最後のライブなのにメンバ以外のアーティストの固有名詞を語るのは少し違和感もありましたが、最後に素の気持ちで話しているのだなと思えて良かったです。そして、氷室京介はこれまでのキャリアを総括していく中でミュージシャンとして人として他人に愛される存在になれたことを素直に喜んでいるんだろうと感じました。

前半は表情も固く少し疲れているように見えた氷室京介ですが、中盤頃から汗で髪型も乱れてきて衣装もシンプルなモノになった辺りから見る見るうちに精力が増していったというか、東京ドーム5万5千人の観客と戯れているかのような元気でオーラのある氷室京介に変化していったと感じました。最後に向かっていく中でより若々しくよりパフォーマンスが上がっていく姿を見て、これが本当にライブ活動を辞めていく人の姿なのだろうかと疑問に思うぐらいです。

左耳のイヤモ二を時折気にしながらも氷室京介は最後の夜をとても楽しんでいます。BOOWYやソロで盛り上がる楽曲が中盤以降に続き、「PLASTIC BOMB」、「WILD AT NIGHT」、「WILD ROMANCE」へと会場の中はまるで東京ドームのカラオケ大会となっています。そして本編の最後に「ANGEL」です。氷室京介がソロデビューした曲でシンボリックな存在の曲としてファンと共に歌い上げます。

アンコール後はしっとりとしたバラードから始まりました。「The Sun Also Rises」は後期の名曲ですね。この最後の日の為にあるのではないかと思えるような歌の世界に包まれます。まだ僕たちも若かった頃に発売された名曲、「魂を抱いてくれ」は優しくそして強く歌い上げます。「NO.NEW YORK」はBOOWYの頃の締め曲として位置していた曲だけあって、観客の熱狂は止むことはありません。

二度目のアンコールで「KISS ME」を演じてくれたのは嬉しかったです。この曲の格好良さはLRのギターのフレーズとキーボードのフレーズが被らないアレンジになっていてアンサンブルが絶妙です。氷室京介が8ビートのロックの頂点に君臨する所以だと思うのです。最後は客電を点灯した状態で皆で歌った「SUMMER GAME」です。氷室京介のキャリアの中でもビートロックな定番曲であるけれどもセカンドアルバム「NEO FASCIO」の中に入ると違和感のある曲でした。でもライブの最後の曲として定番化したこの曲は文句なしにポップチューンですね。

「SUMMER GAME」が終わり氷室京介はマイクをステージに置いたまま去りました。客電は点灯したままでしたが観客の歓声は止みません。あの空間の中で氷室京介をまだ終わらせないという一体感が会場全体を包んでいて、観客の一人一人の気持ちが高まった瞬間でもありました。

三度目のアンコールが始まりました。初期の定番曲である「SEX&CLASH&ROCK’N'ROLL」の中で改めてメンバ紹介をして、このライブは何処へ向かってどうやって終わるんだと思わせてくれます。そして、ドラムから始まる「B・BLUE」で会場のボルテージが最高潮に上がります。大合唱の「B・BLUE」これが氷室京介最後のライブの曲となりました。

後日、ギタリストのDAITAが予定されていたセットリストをSNSに公開していましたが、それには「SUMMER GAME」までしか演目はありませんでした。つまり、三度目のアンコールは本当のアンコールだったわけです。そして、ネット上ではこういう指摘もありました。「SEX&CLASH&ROCK’N'ROLL」は
氷室京介が「KING OF ROCK SHOW “FLOWERS for ALGERNON”」ツアーでソロになって初めての東京ドーム公演の1曲目が「SEX&CLASH&ROCK’N'ROLL」であること、BOOWYの東京ドーム「LAST GIGS」の1曲目が「B・BLUE」であることのシンボリックな展開で見えたという内容です。

「B・BLUE」が終わりこれで終わったのかどうか半信半疑でしたが、会場のスクリーンにはステージを下りて楽屋に向かう氷室京介が映し出されていました。「これ映ってんの?」っていう仕草をしていたので、本人はその演出を知らなかったのかもしれませんが、楽屋に向かい角を曲がって見えなくなった氷室京介を送り出し、会場は本当にもうこれで終わったんだという気持ちに変わっていったように思います。

最後が「B・BLUE」というのは本当にシンボリックな出来事ですね「B・BLUE」はBOOWY後期からは始まりの曲という役割でした。また、この「LAST GIGS」のドームツアーを通してこの曲の役割が変わってきたことも確かなのかもしれません。始まりの曲であったはずの「B・BLUE」の歌詞の内容が別れの悲しみの曲であることに気が付くということもこの曲の本質というものを改めて知ることになったことでした。それはひょっとすると氷室京介も観客も誰一人想像できなかったことかもしれません。

始まりの曲である「B・BLUE」が最後の曲になったことで、これまで始まりの曲としてイメージされ擦り切れるほど使われたこの曲が格を上げ、歌詞の意味がもう一度読み解かれて、曲が持つ意味合いに新しいエッセンスが加わることになりました。「B・BLUE」が最後の曲になったことは偶然かもしれないし、必然だったのかもしれないけれども、我々ファンの予想とはまったく別の所へ最後の曲「B・BLUE」は連れて行ってくれました。始まりの曲が終わりの曲になり氷室京介がループする循環をまるで輪廻転生するかのような物語の出来上がりです。

そして、氷室京介が楽屋に消えた後、「ANGEL」に乗せて過去のライブ映像が流れ、「REVOLVER」に乗せてファンの映像が流れました。

kyosuke himuro lastgigs 20160523 5 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー)

氷室京介は氷室京介を演じることを辞めました。これはデビッド・ボウイがジギーを辞めることにも似たことに思えますし、氷室京介という偶像はファンが作り上げたものと考えるなら、氷室京介を返上して永遠に残しておくということなのかもしれません。ストイックで愚直な氷室京介のことですので、もう二度とステージには上がることはない気がしています。彼はまだ55歳という若さです。肉体の維持は難しいかもしれませんが、晩年のデビッド・ボウイのように最高のアルバム作品を時折発表してくれることを願っています。

最終日はステージ裏からの観覧ということもあり東京ドーム5万5千人をステージ側から観るという特異な体験をすることにもなりました。ほんの一握りの人間しか体験することができないであろうステージ側から観るあの観客の熱狂を目にしながら、氷室京介の最後の雄姿を楽しむことができたのは幸せです。

氷室京介は我々に最後に最高のパフォーマンスを残してくれましたが、僕たちの氷室京介に最後のオーディエンスとして最高のエールを送ることができたでしょうか。

と、いろいろ書いてきましたが、氷室京介の人間性とかファンに対する思いだとかそういうのは計り知れないわけで、本当の所は誰もわかりません。ただ、個人的に氷室京介のことを尊敬している所といえばプロフェッショナルとはどういうことかということと、仕事への向き合い方なのかなと思います。

職業人として自分を顧た時にここまで仕事に向き合うことができるだろうかと氷室京介の仕事に対する姿勢から多を学ぶことができたと感じるのです。仕事人としての姿勢に影響されている部分が僕は大きいです。

■KYOSUKE HIMURO LAST GIGS セットリスト

東京ドーム
5/23(月)16:00 (OPEN) / 18:00 (START)

01.DREAMIN’
02.RUNAWAY TRAIN
03.BLUE VACATION
04.TO THE HIGHWAY
05.BABY ACTION
06.ROUGE OF GRAY
07.Welcome To The Twilight
08.ミス・ミステリー・レディ
09.16
10.IF YOU WANT
11.LOVER’S DAY
12.CLOUDY HEART
13.LOVE&GAME (Re-mix)
14.PARACHUTE
15.BNAG THE BEAT
16.Warriors
17.NATIVE STRANGER
18.ONLY YOU
19.RENDEZ-VOUS
20.BEAT SWEET
21.PLASTIC BOMB
22.WILD AT NIGHT
23.WILD ROMANCE
24.ANGEL

アンコール1
25.The Sun Also Rises
26.魂を抱いてくれ
27.IN THE NUDE
28.JEALOUSYを眠らせて
29.NO.NEW YORK

アンコール2
30.VIRGIN BEAT
31.KISS ME
32.ROXY
33.SUMMER GAME

アンコール3
34.SEX&CLASH&ROCK’N’ ROLL
35.B・BLUE

 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー) 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー)

L’EPILOGUE <通常盤> 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月23日の最終公演に行きました(感想/レビュー)

■氷室京介に関する過去に書いた主な記事

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2016-05-29 | 音楽・DTM・楽器

氷室京介「LAST GIGS」2016年5月22日の公演に行きました(感想/レビュー)

氷室京介「LAST GIGS」2016年5月22日の公演に行きました。感想を書いてみようと思います。

kyosuke himuro lastgigs 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月22日の公演に行きました(感想/レビュー)

耳の不調からライブ活動を休止するということで、最後の東京ドーム3Days公演はファンにとって特別な3日間になることは間違いなしです。氷室京介が氷室京介を演じる最後の舞台となるこの公演を大切な思い出にする為に東京ドームに向かいました。

これまでも氷室京介のライブや音源について書いてきた経緯もありますが、改めて氷室京介がライブ活動を休止するという意味の大きさに戸惑いながらもステージに立つ最後の姿を見なければならないという思いが強くありました。

氷室京介は楽曲、レコーディング、ステージパフォーマンスの全てにおいて緻密な計算をしたロックを作るミュージシャンなのですが、その彼が特定のトーンが聞こえない場合があるという耳の不調を訴えてこの「LAST GIGS」を最後としてステージには立たないという決断をしたのです。

ストイックで愚直な氷室京介のことですので、もう二度とステージには上がることはない気がしています。本人も最後という言葉を残していますし、何よりも彼の性格から最後と言えばもう男に二言はないという生き方をしてきた人だと思います。

この「LAST GIGS」というのは1988年4月4日、5日に同じく東京ドームで「LAST GIGS」という公演を最後に当時絶頂の人気であったバンドBOOWYを解散しています。氷室京介自身のキャリアにとっては「LAST GIGS」というのは象徴的なワードであると共にファンである我々にとっても人生のある時期に淡くもあり色濃くも残るワードであるといっても過言ではないのだと思います。

僕は団塊Jr世代のぎりぎり最後ですので、BOOWY絶頂期は小学校6年生の頃でBOOWYの音楽は間接的にしか聴いていませんでしたが、丁度、中学1年生に上がった頃に氷室京介ファーストソロアルバム「FLOWERS for ALGERNON」を友人から借りたことが彼を知るきっかけだったと記憶しています。

セピア色の顔写真が印象的なファーストアルバムはデビュー曲でもある「ANGEL」から始まる疾走感と勢いのある作品です。BOOWY解散後の日本の音楽シーンはバンドブームに突入していきます。この頃、バンドというものを意識して音楽を聴き始めた僕は氷室京介という人の音楽はとてもバンド的なビートに大人びた歌詞が載っているちょっと背伸びをした音楽に感じたことを今でも忘れることができません。

kyosuke himuro lastgigs 20160522 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月22日の公演に行きました(感想/レビュー)

「LAST GIGS」の東京ドーム3Days公演の二日目2016年5月22日(日)は飯田橋駅から裏道を通って東京ドームへ歩きました。この辺りの道はずいぶん昔に毎日歩いていた場所なので懐かしさとライブへの期待が入り混じって胸が高鳴る気持ちで一杯でした。今回はチケットボードという電子チケットの仕組みでライブのチケットを購入したのですが、慣れない人が多いからでしょうか電子チケットであることでスムーズに会場に入ることができるという想像を裏切る状態で電子チケットの列が滞っていました。

kyosuke himuro lastgigs 20160522 2 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月22日の公演に行きました(感想/レビュー)

入口にはライブ開始17時の30分前には着いていたのですが、会場に入るのに15分程待つことになり結構ぎりぎりで焦ることになりました。東京ドームに入ると天井近くまでびっしりとお客さんが入っています。僕はレフトスタンド側の2階席前方でしたのでステージまではかなり遠く感じますが、この空間に居られるだけで贅沢だなと感じます。

事前に買っていた「LAST GIGS」のマフラータオルを首に巻きつけて、いざライブの始まりです。1曲目、熱狂と大合唱の「DREAMIN’」から始まりBOOWY時代の楽曲を中心に続きます。

ライブのMCの中で4月13日に発売されたオールキャリアベストアルバム「L’EPILOGUE」がチャート1位になって最後にもう一度担ぎ上げて感謝しているという内容の言葉がありました。ライブの感想は23日の記事に盛り込むこととしてこの日のエントリには「L’EPILOGUE」の感想を追加しておこうと思います。

ベストアルバム「L’EPILOGUE」はBOOWY時代の特に氷室京介が作曲をした曲のリテイクが収録されています。そして全曲がリマスタリングされているので2016年春、現在の技術を時代性を帯びた音作りに仕上がっているのです。

特に「ミス・ミステリー・レディ」、「黒のラプソディ」、「FUNNY-BOY」、「唇にジェラシー」はこの日のライブのMCにもあったように氷室京介がBOOWYの初期時代に楽曲作りに向き合った作品です。「ミス・ミステリー・レディ」なんかは80年代の音と空気感をそのままに残しつつ今聴いても十分に格好良いアレンジに仕上がっています。むしろこの4曲のアレンジは80年代と今がフィットしすぎていて凄いです。

そして、「MONOCHROME RAINBOW」、「FOLLOW THE WIND」はリミックスされています。「FOLLOW THE WIND」は過去に書いた記事のとおり好きな楽曲の一つなのですが、オリジアルバムは楽曲の音が全体的に重い曲ばかりだったせいか「FOLLOW THE WIND」のミックスも重い音に仕上がっているのですが、今回のリミックスはこの曲のバラードを引きだたせるまろやかでベーシックなミックスに変更されています。

全曲リマスタリングされていることでその詳細は未確認のままですが、何点か気になることがあるとしたら、2枚目のディスクに収録されている「ANGEL」と「NATIVE STRANGER」です。氷室京介のファーストアルバム「FLOWERS for ALGERNON」にも収録されているデビュー曲「ANGEL」のドラムは村上“ポンタ”秀一です。氷室京介と村上“ポンタ”秀一とのぶつかり合いながらもギリギリのセッションという感じで当時の録音ではかなりリズムが揺れていると思います。

ただ、「L’EPILOGUE」で聴く「ANGEL」は当時の録音からどういったリマスタリングしたのでしょうか。詳細は不明ながらも全体が均一に整えられていて何故かリズムの揺れが感じられません。若き氷室京介から熟練の氷室京介に成っていく過程でリズムや構成にこだわりつづけた結果の果てにたどり着いた「ANGEL」の一つの形なのかもしれません。ファーストアルバム「FLOWERS for ALGERNON」で聴く「ANGEL」は勢いが凄まじいですが、「L’EPILOGUE」で聴く「ANGEL」もまた氷室京介そのものなのです。

同様に「NATIVE STRANGER」も音が整えられた結果でしょうか。ギタリストであるスティーブ・スティーブンスのドライブ感満載のギターは氷室京介とぶつかり合いながらギターが曲を引っ張っていく印象を持つ楽曲です。「L’EPILOGUE」で聴く「NATIVE STRANGER」は全体のバランスが整えられてスティーブ・スティーブンスのギタープレーの良さを残しつつも氷室京介のボーカルを生かした聴きやすいバランスになっているように感じます。

さて、ライブの話に戻ることにします。前日21日が調子が良かったということでしたのでその反動でしょうか、この日の氷室京介は少し疲れているようにも見えました。最終日の23日はSHOWとしてのライブではなくファンとの対話が中心になるライブだと予想していましたので、氷室京介が作り出すSHOWとしての完璧なライブはこの日が最後になるのではと思っていましたので、声やアレンジやリズムをしっかりと聴くことに注力しました。

ここ近年、氷室京介のバンドに加わっているギタリストのYTのギターを生で観でみるのはこの日初めてでした。YTはめちゃめちゃギターが上手ですね。カッティングからリードまで全てが氷室京介が描くサウンドにマッチしています。特にBOOWYの楽曲を弾くカッティングのリズムがBOOWYのリズムを崩さないだけでなく、現在の氷室京介の求める精緻なリズムのフィット感があり、歌を邪魔しないだけどBOOWYのリズムを維持していった感想を受けました。最後の「LAST GIGS」に向かう道程の中でDAITAとYTというギターの布陣に行き着いたというのも氷室京介が人を大切にして出会いを大切にしてきた人だからなんだろうなと思いました。

「21st Century Boowys Vs Himuro」ではBOOWYとソロのキャリアでの闘いにある意味負けていたようにも思えますし、東日本大震災チャリティライブで全編BOOWYの楽曲で収益金を集めたりしてきた氷室京介ですが、アルバム「”B”ORDERLESS」とそれ以降の彼のライブ活動の中で完全にBOOWYは闘う相手ではなくなり、氷室京介のキャリアの一部として融合していったと感じています。元BOOWYの氷室京介はソロの氷室京介としての闘いに勝っただけではなく完全に融合して一つのキャリアにまとめ上げて行きました。

我々氷室京介ファンもその融合への道程の一つに加わり参加し共に歩みつづけた年月なんだなと思っています。だからこそ、アルバム「L’EPILOGUE」で、BOOWY時代の自分の楽曲を今の自分の集大成として再録音したんだなと納得できます。それがファンへの思いであり、氷室京介自身の総括なんだなと思うのです。

22日のライブはそんな氷室京介の集大成を感じることのできる素晴らしいライブでした。

■KYOSUKE HIMURO LAST GIGS セットリスト

東京ドーム
5月22日(日)15:00 (OPEN) / 16:00 (START)

01.DREAMIN’
02.RUNAWAY TRAIN
03.BLUE VACATION
04.TO THE HIGHWAY
05.BABY ACTION
06.ROUGE OF GRAY
07.WELCOME TO THE TWILIGHT
08.ミス・ミステリー・レディ(VISUAL VISION)
09.“16”
10.LOVE & GAME(Re-mix)
11.IF YOU WANT
12.LOVER’S DAY
13.CLOUDY HEART
14.PARACHUTE
15.BANG THE BEAT
16.WARRIORS
17.NATIVE STRANGER
18.ONLY YOU
19.RENDEZ-VOUS
20.BEAT SWEET
21.PLASTIC BOMB
22.WILD AT NIGHT
23.WILD ROMANCE

アンコール1

24.The Sun Also Rises
25.魂を抱いてくれ
26.JEALOUSYを眠らせて
27.ANGEL

アンコール2

28.VIRGIN BEAT
29.ROXY
30.SUMMER GAME

 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月22日の公演に行きました(感想/レビュー) 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月22日の公演に行きました(感想/レビュー)

L’EPILOGUE <通常盤> 氷室京介「LAST GIGS」2016年5月22日の公演に行きました(感想/レビュー)

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2016-01-31 | 音楽・DTM・楽器

Splatoon シオカライブ2016に行きました(感想/レビュー)

闘会議2016のゲーム音楽ステージで催された「Splatoon シオカライブ2016」に行きました。感想を書いてみようと思います。

splatoon shiokalive2016 Splatoon シオカライブ2016に行きました(感想/レビュー)

当日は天気予報で大雪かもしれないということでしたが、雪が降ることもなく午後から雨が止みました。気温はとても寒くて凍えそうになりながら、幕張メッセへと向かいました。

そもそも闘会議というイベントの趣旨が今一理解できていないのですが、ゲームの祭典ということでしょうか。スプラトゥーンの全国大会があったり、他にも沢山のゲームが参加型の形式でイベントを行っていました。

splatoon shiokalive2016 2 Splatoon シオカライブ2016に行きました(感想/レビュー)

僕はスプラトゥーンのブースでイベントを見たりバトルステージのスタート地点が再現されたステージで写真を撮ったりして「Splatoon シオカライブ2016」までの時間をワクワクしながら過ごしていました。

そして、少し早めにゲーム音楽ステージに行くと「TEKARU feat. Kenji Nakajo」というゲームミュージックのバンドの演奏が始まったので、観ているとなかなか愉快で演奏力も高くてライブとして楽しめました。

タイムテーブル的には少し押し気味だったのかな、「Splatoon シオカライブ2016」は17時15分頃に始りました。このライブが始る頃にはゲーム音楽ステージの周りにはエリアに入れない観客で一杯になり、まるでライブハウスの様な熱気に包まれました。

スプラトゥーンはいわゆるFPSと呼ばれるゲームをアレンジしたモノだと理解しているのですが、敵を倒すということや何かを奪取するということだけで競うゲームではありません。インクを塗ることで活動範囲が広がり隠れたり早く移動できる範囲を広げていくことで加点されることが特徴的なゲームなのです。塗りあうことで自分の陣地と相手の陣地の境界が鮮明になり最終的には自分達の色を多く塗った方が勝つというゲームの基本方針は相手をやっつけるということ意外に予め陣地を増やしておくということやマップに合わせた武器を選んだり、自分の性格や活動方法に合わせた武器を選ぶことで勝敗に寄与することができます。つまり、自分の性格に合った役割や方法でゲームの勝因に貢献できるというゲームなのです。

僕はこのスプラトゥーンをやることで集団的自衛権とは何なのか、後方支援がいかに大切かというようなことまでも学ぶことができる大人のゲームだと思っています。ただ単に一人一人が闘うことだけじゃなくオンライン上の4人の仲間と暗黙的な行動の中で、チームビルディングしてチームプレーすることが必須となるゲームの性質があることも面白さの一つです。如何に守るかということと如何に攻めるかということが表裏一体となっていることも魅力的で本当に良くできたゲームではないでしょうか。

スプラトゥーンというゲームはゲームの面白さだけでなく、音楽がとても良くてサントラを買ってしまいました。ゲーム音楽のサントラを買うなんてことは小学生の頃に買ったドラゴンクエストⅢのサントラ以来のことだと記憶しています。そもそも僕は大人になってからゲームを殆どやることはなかったのにスプラトゥーンを知ってしまってからは、この世界観にどっぷりと嵌ってしまっているのです。

splatoon shiokalive2016 3 Splatoon シオカライブ2016に行きました(感想/レビュー)

これまで数々の音楽のライブに行きましたが、まさか自分が二次元のキャラに向かって拳上げる日がくるとは思いませんでした。シオカライブ2016ということなのでゲームの中で出てくるシオカラーズという女の子のキャラ二人がステージ中央のスクリーンに映し出されて歌って踊るというものです。

スクリーンの脇と後ろにはドラム、ベース、ギター、キーボードなどの生演奏と同期した形でのステージは圧巻でした。サントラにも入っていますが、スプラトゥーンの音楽を生バンドの演奏スタイルで聴くとこれはまさにロックそのものですね。(当日、ベース奏者を見てBABY METALの神バンドのBOH氏っぽいとなと思いなが観ていたのでが、やはりBOH氏だったということでした。これも得した気分)初めてのスプラトゥーン関連ライブということで会場の熱気が凄くて涙が出そうになりました。これだけ感動できたのは久しぶりです任天堂ありがとう。

■2016年1月30日 シオカライブ2016 セットリスト

1.キミ色に染めて
2.イマ・ヌラネバー
3.ハイカラシンカ
4.マリタイム・メモリー
5.シオカラ節

スプラトゥーンのサントラにはとても沢山のイカした良い曲が収録されているのですが、今回はシオカライブってことですので、シオカラーズが歌っている曲が前提ってことなのだと思います。スプラトゥーンのサントラ全体をライブでやってくれることが叶いませんでしょうかね。そんな日がくることを楽しみにスプラトゥーンをやりながら待ちたいと思います。

 Splatoon シオカライブ2016に行きました(感想/レビュー) Splatoon シオカライブ2016に行きました(感想/レビュー)

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映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ました(感想/レビュー)

映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ました。感想を書いてみたいと思います。

david bowie is 映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ました(感想/レビュー)

映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』

監督:ハミッシュ・ハミルトン
司会:ヴィクトリア・ブロークス、ジェフリー・マーシュ
*98分 製作国:イギリス

イギリスのヴィクトリア&アルバート博物館(以下V&A)で開催された回顧展「デヴィッド・ボウイ・イズ」は、長い歴史をもつV&Aで開催された展示会の中で史上最もチケットが入手困難な展覧会となり、20万人を動員。映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』は、瞬く間にチケットが売り切れたV&Aでのクロージング・ナイトで撮影されたもの。

司会進行役には本展覧会のキュレーターでもあるヴィクトリア・ブロークスとジェフリー・マーシュが務め、ステージ衣装、歌詞などの創作活動に使われたメモ、ストーリーボード、ダイアリーなど、珍しく貴重な資料や当時の衣装などにまつわるストーリーを明かしています。監督はロンドン・オリンピックの生中継や第82回アカデミー賞の監督も手掛けたハミッシュ・ハミルトン。

映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』は2013年にロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で開催された、デヴィッド・ボウイのキャリアと偉業を紹介する展覧会の様子を記録したドキュメンタリー映画です。

この映画は昨年2015年1月24日から新宿ピカデリーなどの映画館で上映されましたが、今年2016年1月23日より追悼上映が決定しました。

僕は昨年見逃してしまったのでずっと観たかったのですが、2016年1月10日にデビッド・ボウイが亡くなったことでの追悼上映という形でこの映画を観ることになってしまったのは悲しいことであります。

2016日1月11日の16時頃だったでしょうか、1月8日に発売された『Blackstar』を聴きながらTwitterを開いてみると、デビッド・ボウイがトレンドに挙がっています。まさかと思ってクリックしてみるとデビッド・ボウイが亡くなったという知らせでした。

デビッド・ボウイは僕にとって未来の道しるべでした。デビッドボウイは常にカウンターカルチャーであり、カウンターパートであり、サブカルチャーなんだけど、大衆に受け入れられた稀有な人。そして自己変革の人。過去の栄光にとらわれず前提を疑い多様性に富んだ考え方を取り入れてチェンジする姿勢はいつも僕達の半歩先を歩くことで違った視点を提供してくれる人でした。美しく洗練された容姿とユニークな感性のギャップや人柄の素晴らしさも魅力の一つです。

この映画を通して改めて知ることになるのは、僕達が今、当たり前の様に見ている芸術作品の中にはデビッド・ボウイが醸成した土壌の中から生まれてきたモノが沢山あることに気がつきます。そして、この映画の本来の目的である回顧展『David Bowie is』の展示解説とデビッド・ボウイの偉業を知るのに適していると言えるでしょう。来年2017年には日本でも回顧展の開催が予定されていますので、展示内容の予備知識としての情報を十分に得ることができました。

また、回顧展を観た人がデビッド・ボウイについて語るシーンが何度も出てくるのですが、それがまたこの映画を観る我々の心に響いてとても良い仕上がりになっています。山本寛斎氏のデビッド・ボウイとの出会いに関する熱い話や「Life On Mars」のミュージックビデオでデビッド・ボウイが画面に向かって指を指し示すシーンで自分のことを指していると思ったという話や常識や固定観念に囚われず変わらなければならないってことを教えてくれるという話など沢山の個人体験やエピソードを聞くことができます。

映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ることでデビッド・ボウイのファンであることの喜びを再認識できると共に自己革新しなくてはならないという思いと決まりごとのようなものことへ疑うということを改めて考えさせられました。

そして、デビッド・ボウイについて理解が深まりと感動することができて良かったです。あわせて、デビッドボウイを亡くした哀しみが増すことになった映画でした。

 映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ました(感想/レビュー) 映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ました(感想/レビュー)

Blackstar 映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ました(感想/レビュー)

映画「劇場版 MOZU」を観ました(感想/レビュー)

映画「劇場版 MOZU」を観ました。
とても大好きな作品なので、感想でも書いてみたいと思います。

mozu 映画「劇場版 MOZU」を観ました(感想/レビュー)

「MOZU」はもともと小説「百舌の叫ぶ夜」、「幻の翼」が原作で2014年4月から「Season1〜百舌の叫ぶ夜〜」がテレビで放映され、同年10月からは「Season2〜幻の翼〜」もテレビで放映されました。僕はこの作品の前に「ダブルフェイス」を観ていて西島秀俊にすっかり嵌ってしまい、その西島秀俊が引き続いてハードボイルド作品に出演するということで、テレビ版「MOZU」を観はじめました。

■「MOZU」の魅力について

「MOZU」の魅力は”狂気”と”謎”だと思っています。狂気というのは狂っているという意味もありますが、どこか一途というかまっすぐに一つに突っ走る。全うする。という感覚もあります。「MOZU」に出てくる登場人物は何かの想いを胸にまっすぐに突っ走り全うする姿が描かれています。そして、謎が謎を呼び、謎を解くために物語が進んでいくとう作品です。その謎というのは”ダルマ”という存在であったり、”狂気”そのものの根源の”謎”であったり、愛する人の行動の”謎”であったりします。

また、登場人物も魅力的です。狂気のMOZUと化した「新谷和彦」、「新谷宏美」兄弟はこの「MOZU」という作品におけるキーワードである狂気と謎をいってに引き受けています。モズという鳥は”はやにえ”という習性があり、捕らえた獲物を木の枝等に突き刺したり、木の枝に挟む行為を行います。その習性はいくつかの説があるものの何の為に行っているかは解明されていません。このドラマの冒頭に流れるナレーションではそれは衝動であり、理由なんてないのだと説明しています。

僕が好きになったキャラクターは元公安部捜査官でセキュリティ会社役員で「東和夫」です。長谷川博巳という俳優を知らなかったのですが、この「MOZU」で知ることとなりました。大変魅力的な俳優さんで、「MOZU」におけるカウンターパートナー的な存在で重要なシーンには必ず現れます。「東和夫」がいう誰かの犠牲の元に成り立っている世界の秩序とバランスというものはある意味普遍的なテーマであり、「東和夫」が持っている闇の部分の解明も興味が沸くところです。また、彼の言動から導き出される狂気というのはどこか傍観者的で俯瞰的な側面がありそれは我々大衆の映し鏡でもあるように感じてしまいます。

物語のスピード感がとても早く狂気に裏打ちされた暴力性は見るものを引き込みます。また謎が謎を呼ぶわけですから、謎の解明が待ち遠しく毎回毎回見入ってしまいました。そしてテレビ版ではもっとも謎としての存在、キーワードである”ダルマ”については謎のまま終わってしまいました。視聴者には本当のことが見えないまま終わってしまうという作品に怒りを覚えそうですが、謎のままでも良いのかもしれないと思わせてくれる作品でした。

そんな「MOZU」が映画になるということで僕はとても楽しみに映画館に行きました。

■「劇場版 MOZU」の概要について

さて、2015年11月に公開された「劇場版 MOZU」ですが、テレビとは違い暴力描写がとてもストレートで激しいです。僕は血ノリが飛び散るシーンはあまり得意ではないので、最初から体全体の力が入りとても疲れてしまいました。松坂桃李が演じる「権藤剛」はこれまでにない狂気を表現していて、満たされない何か、守るべきものがない何か、目的さえわからない何かを持った狂気が生み出されています。また、伊勢谷友介が演じる「高柳隆市」はとても知的でクールな男として描かれていて、目的の遂行には手段は選ばないというスタンスでストーリーの要を握っています。

これまで謎として扱われてきた”ダルマ”はビートたけしが演じていまして、彼を見たものはその呪縛から逃れられないと言われていて、夢の中に出てくる謎の男としてもストーリー全体の最大の隠れたボスキャラとして描かれています。

■「劇場版 MOZU」のダイナミックさについて

とにもかくにも「劇場版 MOZU」はダイナミックな戦闘シーンが満載です。これまでは繊細で機敏な個と個の戦闘シーンが見ものだったのですが、映画では爆破のシーンや海外ロケによるエキゾチックな舞台性が魅力の一つとなっています。そして、なんといっても西島秀俊演じる主人公の「倉木尚武」は不死身な感じが強い個としてのダイナミックさを増徴させているように思います。ハードボイルド作品の多くは主人公は絶対であり死ぬことはありません。この作品の主人公もも圧倒的な強さと目的を成し遂げる為ならどこまでも相手を追い詰めていくという信念が満ち溢れています。その信念は男なら誰でも一度は憧れる強くて格好良い男のイメージそのものではないでしょうか。

■「劇場版 MOZU」のストーリーについて

「劇場版 MOZU」は前半から中盤までが主人公である倉木の夢の中であったという設定です。ビルの占拠、大使館車両への襲撃、ペナム共和国での死闘など一連のシーンがバーで眠る倉木の夢の中で起こったいたことだという捉え方ができる場面があります。そのシーンの後にダルマとの最後の決着のシーンへと移ります。

この映画を観て一週間ほどこのことについて考えていたのですが、もともとの「MOZU」の設定は”ダルマ”は夢の中に現れて、それを見たことがある人がいてある種の都市伝説となっているということ。「東和夫」がいう”オメラス”の存在。”オメラス”は世界の秩序を保つある種の理想郷であり、ある種の平和維持装置であるということ。

これらを考えるとそれは夢であるのか現実であるのかという垣根を越えていて、人々が持つ夢と現実の狭間で揺れる希望や悩みや狂気や暴力や憎しみや悲しみなどといった全ての感情が夢であり現実であるんだといわんばかりの構成なのです。

■「劇場版 MOZU」のメッセージとはなにか

愚直に自らが望むことへ追求することや、知りたいと思うことへの探究心と粘り強さがこの作品の大きな流れの一つです。そして、夢に現れてくる大きな存在、それは戦うべき相手であり、勝ち取るべきものであり、必ず対峙しなくてはいけない何かであるということ。それ自身は夢であっても現実であってもどちらでも構わないものだし、夢に出てくるその存在は現実にも存在るとということ、またその逆も言えるということが描かれているように思います。

また、何かの力とそれを支える力のバランスの中で生きている側面があり、必ずしも善や悪では片付けられない絶妙なバランスの上で生きているということが描かれていると感じました。「劇場版 MOZU」で明らかになったもう一つの狂気といえば、誰かの意思を他の誰かが特別な悪で動機付けるということです。主人公である倉木の最大の弱みが”ダルマ”を夢に出させることになり、真木よう子が演じる同僚の「明星美希」も最大の弱みを掴まれて動機付けされるということ。そして、キーパーソンである「東和夫」もまた何か明かされることのない弱みを掴まれていたということが、この物語の新たな視点の追加であると思います。

大きな力とそのバランスを欠くことで秩序を壊したいという「東和夫」の願いは現実に現れた”ダルマ”を倒すことで叶えることができて、弱みを捕まれて動機付けされた人々は解放されるということなのだと思います。

つまり、社会における規範や秩序を構成する力と個人との関係が描かれているということと、個と個との関係性においての動機付けや知りたいという欲望について描かれていて、根本的な個としての衝動や狂気というものがその根底にあるのではないかと想像するのです。

ここまでこの文章を書きながら「MOZU」という作品の全体像を思い起こしてみましたが、アクションの素晴らしさに加え謎の部分でも楽しませてくれる作品だったなあと思います。「劇場版 MOZU」では時間の関係もあって描ききれていなかったストーリーもあると思いますので、是非、また何か別の機会に作品として描いて欲しいなと願っています。これで終わるもよしですが、これで終わらなかったとしても「MOZU」好きの我々は「何だよ終わったんじゃないのかよ」と言いつつ内心では喜ぶことでしょう。

そんな日が来ることを少しだけ期待してみようと思います。

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