サイトを新しくしてからはまだ一度も
書いてなかったよね。
何がって?
いや、仮性包茎についてさ。
僕は真夏でもタートルネックで顔を隠している
火星人ならぬ仮性人なわけです。
つまり、仮性包茎ってことですね。
別に隠す必要も無いし、仮性包茎でも夜は
それなりの働きを見せてくれるので、
女性にも好評な毎日です。
まあ、仮性包茎だからって女性に対して
コンプレックスがあるわけでもないし、
むしろ勃起したら人よりも”チン長”が
長いので貴女の子宮をズキズキ突きますよー。
ってな感じです。
でもねぇ…
仮性包茎はむしろ同性の方に見られたくなくて、
銭湯とか温泉に行った時はズル剥けのフリをします。
フリはあくまでもフリってことなので、
ピッっと剥いてはまたピッっと剥く忙しさ。
こればかりは年を取るほど、恥ずかしさが増すねぇ…
あー、それとちょっと考えるのが、
子供が出来たら剥けてるフリは必須科目じゃない?
流石に”親父は皮被り”
って記憶を子供に残すわけには行かないので、
どうやって皆さんは隠してるの?
って思うわけです。
そんなこんなで、今日は僕が俺に変わる時。
ってのをもう一度考えてみた。
普段、僕は自分のことを”僕”と言います。
文章では殆ど”僕”というスタイルを崩しません。
本来、”僕”というのは目下に向かって用いたり、
目上の人に対して自分を表す人称表現なんだけど、
僕は僕以上でも僕以下でもないので、僕と言います。
つまり、僕が”僕”と言っている時は自分中心に
物事を捉えて無い時なんです。
誰かに気を使ったり、自分を隠したりして、
ある種のストレスを感じている時と言い換えられます。
では、僕が”僕”から”俺”に変わる時って何時だろう?
って思ったとき、その瞬間を探る為に注意深く観察した。
自分を観察する好意はとても楽しい。
僕は仕事を終えて、南北線の四ツ谷駅を降りて、
丸ノ内線のホームまでノンストップで歩き出す。
とても長いエスカレーターを立ち止まらずに歩く。
丸ノ内線のホームには電車から降りて来る人の群れ。
その人の群れを避けながら、この電車をやり過ごして、
次の電車を待つことにする。
いつもの場所、東京タワーとTBSと六本木ヒルズが見える場所。
ここで、”僕”は”俺”に変わっていた。
”俺”から”僕”に変わるプロセスも、
きっと、そんなに変わらない場所だと思う。
”僕”と”俺”との関係には四ツ谷駅が重要な場所みたいだ。
あー、そうだ。
”僕”でも”俺”でも仮性包茎には変わりありません。



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