toggle
2014-09-14

映画「思い出のマーニー」について考えてみた(感想/レビュー)

映画「思い出のマーニー」について考えてみた。

「思い出のマーニー」を観てから少し時間が経ちましたが、少しづつ考えも纏まってきたので感想でも書いてみます。

marnie 映画「思い出のマーニー」について考えてみた(感想/レビュー)

「思い出のマーニー」の米林監督は以前に「借りぐらしのアリエッティ」で監督を手がけた人物で、少女目線のファンタジーが得意な方なのかなという印象の監督です。宮崎監督が「風立ちぬ」で一つの区切りをつけて以降、スタジオジブリの新しい世代を担うクリエーターの一人という位置づけであるようです。「思い出のマーニー」公開前後で米林監督はメディアに登場して自身のキャラクターを露にすることも少なくありませんでした。

秋葉原界隈にはこういった大人は沢山いるような気もしますが、ピュアなまま大人になってしまったやさしい少年の姿を見るような米林監督。宮崎監督のような背筋に一本筋の通った大人の男といった印象はありません。

「思い出のマーニー」の原作はイギリス文学です。どこか「赤毛のアン」や「嵐が丘」といった作品と通じるものがある気もしますが、それが何なのか上手く説明できないのはもどかしいです。イギリス文学が持っている独特のエッセンスが「思い出のマーニー」の中には存在しています。

前半から中盤にかけては、何なんだこの作品はと思いながらその世界観に入っていくこはできずに、眠気さえも感じました。しかし、この物語は後半から急展開をみせます。とてもせつなく、とても心が温まる「思い出のマーニー」はスタジオジブリの新しい壁を打ち破った作品だと感じました。

■思い出のマーニーの宣伝方法

あなたのことが大好き。

この言葉が強調され、「会いたい」とか「会えない」とかそういった印象を植え付けるTVCMや広告。スタジオジブリは百合作品を作ったのか?という疑問までささやかれるほどでしたが、実際には百合作品ではないと思います。ただ、このセンセーショナルな言葉を使った意図を考えるとしたら、これまでのジブリ作品は少年少女をターゲットにしていたけれども女性をターゲットにマーケティングした戦略なのではないかと思います。事実、男性である僕は前半から中盤にかけての少女杏奈の心の移り変わりやマーニーとの依存関係についてはなかなか理解はできませんでした。

■少女杏奈の内面性

「思い出のマーニー」は少女杏奈の内面性を強く表に出した作品です。これまでのジブリ作品には主人公の内面を強く押し出すものはなかったと思います。物語全体でカタルシスを表現することがこれまでのジブリ作品ではなかったでしょうか。少女杏奈が持つ心の傷とその傷を癒すことができるマーニーの共依存関係がこの物語の核となっています。

■少女杏奈の成長と命のバトンタッチ

少女杏奈は心の傷と自らの運命をマーニーとの出会いの中で自己解決していきます。なぜ自分にはマーニーが必要なのか、マーニーとの出会いがもたらす意味を周辺人物との関係性との中から見出していきます。少女杏奈の内面的な苦悩は誰もが思春期に感じる葛藤というものだけではなく、その生い立ちに沿ったものであり、すべてが共感できるものではありませんでしたが、マーニーとの出会いの中でその苦悩は一つの解決方向へと導かれます。

マーニーとの出会いの物語は私たちが実生活で感じる友人との関係や親との関係、祖父母との関係性までも考えさせられる内容です。後半から畳み掛けるようにファンタジーが現実と結びついていく展開に驚きながらも、命の結びつきとバトンタッチに感動しました。

僕はこの作品を観終わった時に、ジブリはどえらい作品を世の中に出したなと思いました。子供が見てこの作品の本当の素晴らしさを知ることはできないでしょう。かつて少女だった今は母をしている女性に是非とも見て欲しい作品だと思いました。男の僕ではファンタジーで描かれた少女の心模様の本質は理解できないし、命をつなげていく母の気持ちの本質も捉えることは難しいと感じます。

また、「思い出のマーニー」は米林監督であるからこそ描けた作品であり、宮崎監督が手がけたならどこか男性的な見方の中から生まれたファンタジーになる気がします。これからも成長していく米林監督の作品に期待ですね。

「思い出のマーニー」はとても考えさせられる良い映画でした。



関連記事